2006/07/20//Thu.
これは、高校時代最後に提出した作品だ。
ワードの作成日時は2005年11月になっている。
そこはかとなく追い詰められていた、三年生の初冬である。
これを書いた動機は今となっては殆ど思い出せないが、
激しい嫉妬となれの果てを書きたかったのではないかなあ。
そうやって、自分を戒めていたのかもしれないと、今では思う。
最近この話を思い出すニュースがあったのだけれど、なんだったっけなあ。
そうそう、この話は、言うまでもなく童話「王子と乞食」或いは「王子と少年」という作品から着想を得ている。
物語世界を見事にぶち壊してしまって、原作が好きな方がいたら大変申し訳ないのだけれど。
私は、実はこの話はおぼろげにしか覚えていない…。
感想・批判等ありましたら、遠慮なくコメントください。
いつも自己満足のためにやってますが、向上心はあります。
こんな感じで良ければ、これからもご贔屓に。
2006/07/20//Thu.
背の高い男は黙って王子だった乞食を見ていた。
人間はどこまででも浅ましくなれるものだなと内心で感嘆しながら、気付かれぬようにそっと一歩を踏み出す。
「それは、残念なことでした」
男には他に掛ける言葉がなかった。
殺し屋の男にとっては他に言葉を掛ける必要もないだろう。
飽くまで、飽くまで事務作業なのだから。故に彼は淡白に告げる。
「しかし王子に双子の兄がいたという情報はあったとしても抹消されていますし、本当にあなたがそういう身分だったという確証はないでしょう」
乞食は洟を啜りつつ、自分の足元を顎で示した。
「右足の裾を上げてくれないか」
男が言われた通りに捲り上げてやると、乞食の脹脛には幾何学的な紋様が彫られていた。
「それは、この国の王の血族だけに彫られる刺青だ」
随分色が褪せ汚れて見にくくなっているが、確かに王家の百合の紋をモチーフにした細工の凝らされたものだった。
「おれが捨てられる前の晩によ、ドーチェの隣の揺りかごで眠っていたら、どじな召使が間違えて彫り師にやらせちまったみたいでさ。まだ赤ん坊だったが、凄く痛かったことだけはしっかりと覚えてる」
言って感極まったのか、乞食は再度涙を零し出した。
男はその様子も静かに観察している。
「………………なら、いいでしょう」
気付けば、男は乞食の肩に触れられるほど傍まで近寄っている。
口調はこれまでと何ら変わらぬ丁重なものだったが、言葉が纏う雰囲気に、乞食は違和感を覚えた。
涙の乾かない乞食の目が、一瞬分厚い眼鏡の奥に双眸を捉えた。
そこでようやく違和を理解する。
それは彼の人生で何度か目にしたことのある裁きを下す者の目で、まだ幼い頃に怯えた、街の隅に凝縮された闇のような黒だった。
乞食は不意に、その闇に吸い込まれていくような感じを覚えた。
少しずつ、自分の視界が狭まっていく。
自分はとうとう、街に呑まれてしまったのだ。
「王子の代わりに、兄であるあなたが死んであげてください」
乞食の聴覚が、辛うじて殺し屋の声を捉えた。
その言葉で、乞食は自分が街に消えていくのではなく、殺し屋に殺されるのだと、気付いた。
のっぽの男は、最後まで無表情で、無慈悲だった。
数日後、王子が登山中に落石に呑み込まれたという訃報が、テレヴィジョンなどを介して国中に伝えられた。
王子の屍はぺたんこに潰れて、頭と腕は千切れてしまったという。
王子の告別式は盛大に営まれ、国民の誰もが彼の死を悲しんだ。
やがて他に子供がいなかった王は、王家に最も近い血縁で賢臣である男に、次期王位を継承させることに決定した。
一方、遥か遠方の地で、ドーチェ王子に似た流れ者がみすぼらしい姿の美しい女を連れて、農耕生活を始めたいう噂がまことしやかに流れた。
が、結局真相は、いつしか民衆の記憶の表層で掻き消えてしまった。
了
2006/07/20//Thu.
顔を上げて、世間話をする様子で男が乞食に問う。
「ところで王子を殺したいだなんて、余程の理由がお有りなんでしょうね」
その言葉に、今度は乞食が黙り込んでしまった。
野心に燃えていた瞳が、一瞬光を失う。
「……捨てられたんだ」
呟きは蚊の鳴くような声で、男は危うく聞き落とすところだった。
「おれは王の息子として生まれた。ゆくゆくは王にもなる身だった」
それは男に聞かせるというよりは、独白。
自分の所業を納得させる為の、人生を肯定する為の言い訳のようでもあった。
「しかしそんなことはそもそも不可能だった。
王族は近親としか結婚をしない。
血縁の近い者同士の子供には、時々おれのような奇形児が生まれちまうものらしい。
おれには生まれた時から腕がなかった。
おれの姿を気味悪がった王と王妃は、早々に赤ん坊のおれを放り出して、五体満足に生まれてきた双子の弟だけを王子として公表したんだ」
乞食が軽く動かした腕は、言われれば確かに不気味なのかもしれない、と男は思った。
彼は仕事柄手足や目鼻のない人間はごまんと見てきたが、普通の生活を営んでいれば、ましてや平和な国の王族では、それは断じて目にすることのない物だろう。
男は黙って、乞食の呟く話を聞いていた。
「おれは生き延びるのに必死だった。
ろくに物も掴めないこの身体で、何度も死に直面しながらどうにか今日まで生きていた。
しかしあのドーチェの野郎はどうだ?
おれがのたうち回っている間に、優雅にティータイムでも気取っていたんだろう?
おれより恩恵を受けて生まれてきたあいつが、おれの居場所を悠々と奪い取り、人の何倍も多くのものを手に入れようとしている。
名前さえ貰えなかったおれは、地面に這いつくばって唇を噛むだけなのか。
違う。
ドーチェが手に入れた物、これから手に入れる物はおれの為に用意されたものだ。
奪われた物は持ち主が奪い返す権利がある!
だからおれは、おれは!
あの野郎を殺し!
おれを捨てた王も殺し!
この国の政権を滅茶苦茶にしてやるのさ!」
乞食はからからに乾ききった哄笑をしばらく、周りに構わず響かせた。
対照的に目元に盛り上がった涙が来る喜びの為に流れるのか、他の要因があるのかは、本人にすら分からなかった。
続
2006/07/20//Thu.
首にぶら下げた紐を器用に口で手繰り寄せ、乞食は懐からやや大きめの道具袋を取り出した。
同様に自分の口で袋を開け、袋の端をくわえて引っ繰り返した。
中からはじゃらじゃらと音を立て、かなりの数の硬貨が出てくる。
「これじゃあ全く足りないですよ」
目の前で乞食の無け無しの全財産を眺める男は、淡々と事実を突き付ける。
「そこを、どうか!足りないのは分かるよ。ただあんたがやり遂げてくれたんなら、後から幾らでも払うと約束する」
乞食は脚を折り畳んで、必死に額を地面に擦り付けた。
皮膚が砂利に擦れたが、痛みすら全く感じないほどに、彼の気持ちは切迫していた。
殺し屋の男は少しだけ渋い顔をしたが、しばらく足元の乞食を瓶底のようなレンズ越しに見下ろしてから、骨ばった指を硬貨に伸ばした。
「まあ、仕方ないですね。譲歩しましょうか」
手に取った銀貨を、細長い親指がぴん、と弾いた。
山と詰まれた硬貨には金貨や銀貨も混ざっていて、決して少なくはなさそうだった。
乞食は本来成人直前の年頃であったが、とてもそうは見えないほどにくたびれてしまっている。
「ありがとう、ありがとう……」
承諾を得た乞食は、先程よりも更に深く、ほぼ腹ばいになって感謝した。
男は改めて周囲を見回し、不審な輩がいないことを確認してから、
「わかりましたから、話を詳しく聞かせてください」
と促した。
乞食は言われた通りに反動をつけて立ち上がった。
「依頼は、先ほどあなたが言った人を…」
男が確認をし終わらぬ内に、乞食は異常とも言えるほど猛烈に肯定した。
「そうだ。あの野郎を、ドーチェ王子を殺ってくれ!」
男はさすがに眉をひそめて、飛び込んできた乞食をやんわりと押し戻した。
「あまり大きな声を出さないで下さい。あなたの為にもなりませんよ」
その態度に冷静さを取り戻した乞食は、慌てて声量を落とした。
声の大きさと共に、身体まで縮こまるように見えた。
「あ、ああ、すまない」
乞食は目を細めて、横目で脇の民家の中を見た。
民家には近年普及が進んだテレヴィジョンというものが置いてあり、歪に線の走る画面には手を振る男性の姿が映っていた。
本当に近世の科学技術というのは不思議なもので、過去の事柄であっても、その場で見ているかのように再現することが可能である。
きらびやかに整えられた服装をしたドーチェ王子の最も新しい映像を目にして、乞食は無意識に歯噛みをしていた。
「決行日に希望はありますか」
親切な殺し屋である。
結婚式の日取りを決めるかのように、飽くまで事務的に相談してくる。
或いは馬鹿真面目とでも云おうか。
「一週間後、王子の成人と王位継承を祝ってパレードがあるだろう。その時に出来るだけ派手に頼む」
男はしばし黙り込んで、難しい顔をした。
「派手、ですか……善処しましょう」
続
2006/07/20//Thu.
そこは城下町の工業地帯だった。
この十年で急激な経済成長を遂げたこの国では、技術者が作る、鉄や鉛の部品を組み合わせた先進的な機械が、次々と生み出され店先に連なっていった。
人通りの多い機械の店の軒先、富裕層も多く訪れる日の当たる通りから逸れた建物と建物の間に、乞食の男が一人で座っていた。
袖のない破れたシャツから当然出ているべき彼の両腕は、肘の所で途絶えていた。
手入れもされず乱れた長髪の合間から少し瞳が覗いている。
しかし彼の眼光は乞食として然るべき、絶望に塗りたくられたそれではない。
たとえるならば彼の目の輝きは革命の指導者と同質だ。
反旗を翻す前夜、これから来る理想の世界に思いを馳せる、野心家の目だ。
それは全く、襤褸を纏い日々生活に困窮している人物には似つかわしくなかった。
数日前から行き交う人々がどこか浮き足立っていた。
そういう人々が必ず話題に出しているのは、一人の人物の名前。
乞食はこの「節目」を心待ちにしていた。
そろそろ、そろそろだ。
彼の革命の日は近い。
乞食はなるべく賑わっている場所に移動し、その目をぎらぎらと輝かせて、道行く人をつぶさに観察していた。
これだけ大きな節目だ。
そういう人間の一人や二人、依頼を探してうろつき出すだろう。
そしてとうとう男を見付けた。
ひょろりと背が高く分厚い眼鏡をかけており、中流の町人の格好こそしているが、足の運びや隙のない姿勢から、物心ついてからずっと町の人間を眺めつづけてきた乞食には、並の人物ではないことが察せられた。
乞食は男に大声で呼びかけた。
「おい」
しかし一部の通行人が怪訝な顔でこちらをちらりと見ては目を逸らすだけで、当の男は全く気にもせず歩いていってしまおうとする。
「おい、そこの眼鏡の兄さん」
もう一度声を張り上げて呼びかけることでようやく気付いたらしい男は、軽く乞食に振り向いて立ち止まった。
とぼけたように自分を指差し小首を傾げる仕草を追加する男に、乞食は人より短い腕で手招く動作をした。
男は、やはりいつでも逃げ出せるような慎重な動作で乞食に近付く。
辺りの人々は不思議そうに男と乞食を見比べるが、乞食にはそんなことは日常茶飯事であるし、男もさして気にしている風ではなかった。
「何か用ですか」
と男は、表情を不快に歪めもせず、乞食相手でも丁寧な口調で訊ねた。
その男の所作を見て、自分の勘が間違っていなかったと確信した乞食は、敢えて狂った振りをして大声を張り上げた。
話をするにも、このような人の多い所ではまずい。
「ちょっとあんたによお、頼みてえんだよ。おれの、おれの命に関わる大切な話さあ。こっち来て聞いてくれよお」
乞食は反動をつけて立ち上がると、適当なことを喚きながら路地裏に引っ込んでしまった。
舞うようにでたらめなステップを踏みながら何度か角を曲がり、人のいない薄暗い通りに出たところで足を止めて背後を振り返った。
先ほどの男は、付かず離れずの位置で確かに乞食の後を付いて来ていた。
乞食は真顔に戻り、先ほどから無表情の男を射抜くように見、冷静に要件を告げる。
「依頼をしたい。あんた見た限りじゃあ、殺し屋か何かだろう?」
続